最高裁判所第一小法廷 昭和62年(行ツ)104号 判決 1988年3月10日
東京都世田谷区玉堤二丁目一〇番九号アルス等々力一〇一号
上告人
白土茂和
右訴訟代理人弁護士
村上誠
東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号
被上告人
目黒税務署長
関根浩
右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(行コ)第一〇四号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六二年六月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人村上誠の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、また所論引用の判例に違反するところもない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立ち若しくは原判決の結論に影響を及ぼさない点をとらえて原判決を論難するものであつて、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖)
(昭和六二年(行ツ)第一〇四号 上告人 白土茂和)
上告代理人村上誠の上告理由
第一点
原判決は、上告人と文が、昭和四七年一月一日、借地権を共栄企業から取得したと認定した。
しかるに、第一審判決は、文が昭和四二年二月ころ、孫から本件資産すなわち、本件建物と借地権を取得したとしていて、両者は矛盾しているがそもそも借地権設定契約など存在しないゆえに矛盾が生じるのは当然といえば当然である。
ところで原判決は、乙第四号証の二を理由もなく排斥している意味でも不当なもので、特段の事情がない限り、書証の記載通りの事実を認定すべしとする最高裁第一小法廷昭和三二年一〇月三一日(昭和三〇年(オ)第五〇七号)判決に反する。すなわち、原判決は、共栄企業が、孫から、敷地を買い受け、その後、上告人と文に借地権を設定したという。しかるに、右乙四号証の二では、共栄企業が、上告人と文から本件土地を一億三千万円で引継いだとなつている。原判決は審理不尽、理由不備の違法があり判決に影響を及ぼすこと明らかである。
第二点
原判決は、本件資産の売却価格を一億八千万円と認定し、その取得費は二千五百万円だつたという。そうすると借地権取得から五年も経過していないのに、七倍もの値上がりがあつたことになる。これは著しく、経験則に反する。本件判決は、時価合計一五一万九〇〇〇円余の建物及びその敷地の借地権が代金一〇万円で売却されたと認定することは経験則に違反するという最高裁第三小法廷昭和三六年八月八日判決(昭和三五年<オ>第六八六〇号)に従い破棄されるべきである。
以下詳述する。
<1>原判決は、借地権の取得費、すなわち権利金の授受については全く降れていない。取得費の認定は本件建物についてのみである(この本件建物の取得費認定も違法であることは後述する)。すなわち借地権の取得費ゼロとみた。しかも地代は法人税法施行令所定の「相当の地代」年額二四〇〇万円を大きく下まわる年額九六〇万円だと認定した。
しかし、権利金授受もなく、極めて安い地代で誰が借地権など設定するであろうか。法は、相当の地代たる年額二四〇〇万円を支払っていればたとえ権利金授受がなくてもあつたとは認定しないと定めている(法人税法施行令一三七条)が、逆にいえば、年額九六〇万円の地代で借地権を新たに設定したとするなら、当然権利金の授受は、認定されなければならないとしている。従つて、原判決は借地権の存在を肯定するならその取得費をも認定するため審理を尽くさねばならなかつた。
あるいは、そもそも借地権は存在しないという上告人の主張に従わなければならなかつた。
<2>五年前に二五〇〇万円で購入したものが、一挙に一億八千万円にも値上がりし、その譲渡益が一億五千五〇〇万円にもなることは、当時の経済情勢からありえない(なお、二五〇〇万円は、昭和四二年当時の本件建物の取得費であるから、実際は、建物の減価償却を考慮すれば、昭和四七年当時本件資産取得費はさらに少額になる筈である)。
現在の地上げによる東京の地価高騰の場合でも、これほどの譲渡益はありえない。
<3>借地権ぬきの、本件建物だけの取得費に関しても、原判決は審理不尽理由不備の違法を犯している。
第一審判決は次の様に言う。すなわち、「文は昭和四二年初めころ、米子市の店舗におけるパチンコ店の経営がおもわしくないため、孫所有の本件建物を取得してパチンコ店を新たに経営しようと考え、孫との間で同年二月ころ建物金二五〇〇万円のほか、孫の債権者である徐彩源に対し直接一五〇〇万円を支払うという条件で売却契約を締結した。」と、一五〇〇万円の徐への支払いを売却契約の条件と認定した。
ところが、原判決は、「文の徐に対する右一五〇〇万円の支払は、甲第八号証の九、一〇の約束手形によつてなされたということになるのであるが、右手形の支払期日は昭和四六年六月六日(文が孫から本件建物を買い受けた約四年後)であるとされていること自体からみて、右手形が本件建物の買受代金の支払のため振出されたことは疑わしい」と認定した。
第一審がはつきりと、一五〇〇万円の支払を認定しているにもかかわらず理由にならない理由で、上告人の主張を排斥した。手形の書換えがありうることなど常識である。書換えすれば支払い期日は当然のびる。また右手形と、第一審判決でいう一五〇〇万円の支払とが結び付くかどうか疑問があるなら、その旨さらに審理を尽くすべきであつた。原判決はとうてい納得のいくものではなく、極めて常識に反する。又、本件で、上告人と実質的に利害の対立する文ですら、第一審において右一五〇〇万円は本件建物購入代金だと認めた。しかしその証言も排斥してしまつた。原判決の心証形式には著しい違法がある。
<4>原審で上告人は、本件建物に借地権が存するとするならば「いずれにしろ、この時点で、本件建物の土地使用権利義務関係が明白になつたのであり、仮に借地権割合を六割となるならば、それを借地権の取得費と考えざるを得ない」と主張しておいた(昭和六二年二月二六日付控訴人第三回準備書面)。しかるに、原判決は、借地権の存在のみを認定し、その取得費については全く無視した。原判決は審理不尽、理由不備の違法がある。
第三点
原判決は、権利確定主義を判示した最高裁第二小法廷昭和五三年二月二四日判決の解釈を誤っている。
すなわち、右判決は、それぞれの事実関係における権利の特質を考慮し、当事者間で争いがある場合で、例えば、その争いが裁判になつたときは判決の確定した時が権利の確定した時だという。すなわち、観念的な権利の確定は、唯一の基準でなく単に所得の実現を判断する一つ要素に過ぎない。
本件で、文は、上告人の立場を無視し一方的に税務対策を行った。その結果、刑事告訴事件にまでなり、ついに和解するに至った。単純な債権債務関係ではなかつた。従つて、右和解の時点で、権利の確定があつた。
第四点
上告人に仮に、七二〇〇万円を得られる権利があつたとしても、実際は、文からそれを受領しえなかつた。従つてそれについては、回収不能金として課税対象から控除されるべきであつた(所得税法第六四条一項)。
上告人はその旨の主張を原審においてなした(昭和六一年五月一三日付控訴人第一回準備書面)。
しかるに、原判決は、右に対し、何ら審理することなく、主張の整理すら行わなかつた。この一事をとつても、原判決の破棄は免れない。